老犬介護のストレス…吠えるたびにイライラしてた

犬が吠えて眠れない…自由が制限される老犬介護のストレスは想像以上だった

自分が眠い時、寝ようとした時、何かに集中している時、コタロウが大声で吠えるわけですよ。ギャンギャン、騒音アプリで測ったら120dB。車のクラクション以上のうるささ。その時、ふと思ってしまう。

「ホントうるさいな…」

「何が不満なんだよ…」

「コタロウが死んだら静かになるんだろうな…」

「そしたらゆっくり眠れるな…」

「やりたい事も好きなだけ出来るな…」

ひどい飼い主だと思われるかもしれない。けど、老犬介護を経験した人であれば、少しは理解していただけると思う。コタロウの介護が始まってから、今まで出来たことが急に出来なくなった。コタロウ中心の生活に切り替わり、全てが制限されたから。

ネットで調べていたら「愛犬が憎くなった」と言った人もいる。その気持ち、今なら少し分かる。

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コタロウが死んだ時のことを想像して我に返る

で、コタロウが死んだ時のことを考えてしまうんです。動かないコタロウ。硬直して冷たくなったコタロウ。足をバタバタさせてあんなに大きな声で吠えてたのに、もう吠えることはない、静かになったコタロウ。

全てが終わった…。忙しくて、大変で、辛かった日々から解放されたのに、悲しい。もう戻らない。心にぽっかり穴が開くってこのことか。悲しみに明け暮れて、絶望の淵にいる自分の姿。

そしたら心底ゾッとする。想像しただけで目頭が熱くなって、必ず涙が溢れて、心臓がグーって締めつけられる。変な汗がふき出し、心拍数が上がるのを感じる。言葉では言い表せない恐怖、悲しみ、不安…。

そして「ダメだ!コタロウは死んだらダメ!俺は何を考えているんだ!まだ一緒にいたい!耐えろ!」って我に帰るんです。

善と悪の入れ替わりが精神的にキツい

眠気という一時の我欲のせいで、本当に大切なことを見失っていた。自分は何て愚かなんだって。自分の欲求、制限されている今の生活への不満、そしてコタロウよりも自分の欲求を優先させようとした哀れさを感じる。

ただ、また眠くなるたび、コタロウが吠えるたびに考えてしまう…。

コタロウを大切に思う「善」の気持ちと、自分勝手な考えの「悪」の気持ち。この気持ちの入れ替わりが精神的に大きなダメージとなっている今日この頃。

最終的には「今はコタロウ最優先!頑張ろう!」ってなるけど、また気持ちが折れかけた時に「もしコタロウが死んだら…」って考えてしまう。

自分はとても弱い人間。いつもそうだった。苦難から逃げ続けて、楽な道、楽な方へと進んで生きてきた。そんな性格が老犬介護でも出てしまってる。

やるべき事が出来ていないプレッシャー

コタロウのことは大切。これは紛れもない本心。

でも、もっとたくさん寝たいし、ゲームもしたい、カフェや温泉旅行にも行きたい。美味しい物も食べに行きたい。

こうした欲求なら、ただ抑えれば済む話し。問題は「やるべき事」が出来ていないということ。

我が家では猫も2匹飼っているので、トイレ掃除やご飯、おやつ、ストレスを発散させるために遊んだり、ちゃんと排泄しているかの確認、飲む水の量の管理、爪切りや歯磨きなどの体調管理も欠かせない。

あとは仕事。クライアント対応、経理業務、行政手続き。コタロウの介護が言い訳に聞こえてしまうけど、収入もずいぶんと減ってしまい不安もある。

その他に、町内会や日用品の買い出しといったイレギュラーも。今は眠れているから時間がないわけじゃないけど、老犬介護の合間でやるには大変なことが多い。

誰かがやってくれるわけじゃない。自分がやらないといけない。怠け癖があるくせに、無駄に責任感だけは強い自分。危機感がプレッシャーがストレスになって、またイライラ…。

老犬介護に集中しようって決めたけど、どうしても「それだけ」とはいかないのが悩みどころ。

「しかなたない、鳴こうが暴れようが放っておけばいい」という意見もある。耳栓すれば眠れるだろうし、半日放っておいても死にはしないだろう。

でも自分にはそれが出来ない。自分にはとことん甘いくせに、それが出来なかった。コタロウを放っておくことが出来なかった。

イヤホンをして音楽を聴くようにしている

鳴き声がストレスに感じているならイヤホンがおすすめ。

コタロウが目を覚まして吠えそうだなって時は、すぐにイヤホンをしている。そして音楽を大音量で聴く。あとは歌う。これをするだけでかなり違う。ストレスがだいぶ軽減されました。

コタロウが吠える時はイヤホン。オムツを変えている時、肉球に保湿クリームを塗っている時、関節マッサージをしている時、靴を履かせている時。

「分かったから!ちょっと待ってよ!」とイライラしてしまう前に、「これをする時は吠えるだろうな、イヤホンしよう」といった感じで事前に対策。

コタロウが吠えることは仕方ないし、吠える理由もはっきりとは分からないし、「ちょっと待って」なんて言葉が通じるわけもない。だから、一旦、鳴き声をシャットアウトする。その上で、お世話をするとストレスを感じなくなった。

老犬介護に限らず、高齢者介護、育児はどうしてもイライラしてしまう。でも、イライラして何も良いことはない。イライラさせないようにするのではなく、自分がイライラしないようにする工夫が大事と気がつきました。

コタロウが吠える理由と対処法

コタロウが吠えるのには、何か理由があるからに違いない。

基本、吠えるのは横に寝かせている時。足をバタバタさせるのは、起き上がれないことに対するストレス。下になっている足が痛い、寝返りを打ちたい、立ち上がって足を伸ばしたい、ちょっと歩きたいからなど。

口をクチャクチャさせた時は、喉が渇いている時の仕草。なお、クチャクチャした後にアクビするの場合は、単にリラックスしているだけだから水は不要。

冷えた足を温めたら落ち着いたこともあったから、寒くて吠えている場合もある。逆に上か掛けているブランケットを取ったら眠ることもあったので、暑かったからということも。

吠えたので寝かしつけをしたら再び眠りにつくこともあったので、寂しいから吠えていることも考えられる。ひとりぼっちだと思って不安だったのかもしれない。

オシッコやウンチをする前に吠えたり、オムツを交換したら落ち着くこともあった。

Youtubeでは「見えている景色に飽きたから吠えている」という見解もあった。老犬になるとほとんど目は見えていないので、それはどうかとは思うけど…。

吠える理由ははっきりと分からないけど、考えられる原因はあるわけだから、それをしらみつぶしに試してみる。

  1. 足を触って冷たければ温める、熱ければ冷感マットを敷いてあげる
  2. 口をクチャクチャさせたらシリンジで水を飲ませる
  3. 体位変換してみる
  4. 寝かしつけてみる
  5. それでも吠え続ける場合は起き上がりたいのでリラクッションに乗せる

リラクッションや車椅子に乗っている時に吠えることもある。その場合は、前に進めないことによる不満、もしくは疲れ。まだまだ元気なら不満、足の動きが鈍くなっていたら疲れという判断。

疲れの場合は、横に寝かせる。しばらくは興奮状態が続くので吠えるけど、寝かしつけをすると寝てくれる場合もある。吠え止まない時は、意気が整い次第、再びリラクッションや車椅子に乗せる。その時に、おやつやご飯を与えると良いかも。

コタロウは限界かもしれないけど自分はまだ頑張れる

元気だった頃は、無駄吠えなんて絶対にしなかったコタロウ。今思えば、本当に利口で賢い犬だ。それが寝たきりになって辛い日々。心の底から苦しい、痛い、辛いのかもしれない。だから、これ以上の辛い想いはさせたくない。

妻が代わりに見てくれる数時間で眠り、それ以外はコタロウに付きっきりの日々。どこも行かない。コタロウをひとりぼっちにはしない。

これは自分で選んだ道。最期まで見届けると決めたから、自由が制限されているとか、ストレスがどうとか言えた立場じゃない。コタロウは限界かもしれないけど、自分はまだまだ頑張れる。

SNSでは「コタロウくんのために、すごいですね!」と褒めてもらえるけど、やるべき事が出来ていないから「すごい」と褒められるに値しない。むしろ老犬介護しかしていないのに「コタロウが死んだら…」って考えている時点でダメ人間。老犬介護どころか、人間としてもまだまだ。謙遜ではなく本心。

頑張ってるけど、まだまだ頑張れる。今までが甘かった。もしかしたら、今が人生のターニングポイントかもしれない。コタロウを最期まで見届けたら、自分自身も何か変わる気がする。コタロウは人生を変えるチャンスも与えてくれたのかもしれない。

老犬介護のやり方だけじゃない。自分という人間の本質もコタロウの介護で理解できた。これもまた、コタロウが教えてくれたこと。

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この記事を書いた人

柴犬コタロウの老犬介護に生活の全てを捧げたアラサーおじさん。千葉の先端にある古民家で暮らしてます。保護猫2匹も一緒に住んでます。Twitter、Instagram、YouTubeでも老犬介護の情報を発信しています。

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